人は死に竹は皮脱ぐまひるかな 大峯あきら
真昼の生命力のただなかにも死はおとづれる。春のうららかな中にも、です。園で長年過ごしたチャボが亡くなりました。老衰であると思われます。園児のみなさんと一緒に本堂前でお礼をいってお別れをしました。
死という不可解な現象に接して、子どもたちはまっすぐな質問をしてきます。それらは、大人になったら解決する疑問というより、大人になると封印してしまう問いのように思います。可能なかぎり、その問いを共有したり、それに応えたりするようにしています。
「死んだらどこに行くの」という子どもの質問に園ではどう答えていますかという、保護者さんからの質問もありました。状況によって相手によって変わりますが、こんな風に話しました。
死んだチャボさんやウサギさんはあみださまのところへいきます。私たちもそうです。「天国」とはちょっと違います。あみださまのお国をお浄土といいます。チャボさんは死んでしまってもうお浄土へ飛んでいくことができません。でも、あみださまが大きなお船にのせてくださり、お浄土へ連れて行ってくださいます。なもあみだぶつというのがそのお船です。と。
ところで、「あみださま」「お浄土」がピンとこないとか、特殊なことに思う大人の方には、別の言葉でも話ができますが、それは求めがあれば、またいつか。