「鳥の劇場」さんとともに

晴れ渡る秋空のなか「鳥の劇場」さんがやってきた。

うろこぐも広がる秋空の下「三びきのやぎのがらがらどん」をみた。

 

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それはもう・・・・

 

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おかしくて

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こわくて

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物凄くて

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迫力!!

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もぅ坐ってなんていられません。乗り出したり尻込みしたり。

 

品のある自然な音響で

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多様な肌触りのする声色で

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遠くまで通っていく発声で

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かぶり物にたよらず、BGMにたよらす、体だけを信じて体だけにものをいわせるその舞台に

園児、職員こぞって圧倒されたのでした

 

表現をみがく

表現の主人公になる

そんな望みを聞いて、中島諒人代表をはじめ8人ものスタッフが駆けつけてくださいました。

表現の主体になることを狙ってるので、どんなにすばらしい劇でも、お客さんなだけでは、物足りない。コミュニケーションとしては不足です。以前、ロケットくれよんさんを呼んだ時も、園児がお客さんとしてたのしむ、楽しみの「消費者」としてではなく、表現者として楽しみの「生産者」になるべく、同じステージに立ったのでした。

今回のねらいはむしろワークショップ。自分たちでやってみる。でもやっぱり初めに劇を見せてもらったのは、聞くことを大事にするびさい的には、良かった。まず大きく受ける。能動の以前に受容が来る。既存の器をゆさぶられて、そこから、やってみる。しかも圧倒した当の人たちとともに。可能性を引き出してくれる人のもとで体を開放する。

年少、年中、年長と順番にワークショップが行われました。

 

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たった今みたがらがらどんに、今度は自分たちもなってみたり

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トロルのいる橋を渡る前の、不安な面持ち
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谷底に落ちたトロル おっきな表現です

 

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ジェスチャークイズをたのしんだり、

 

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三匹の子ブタ(の家の素材)になったり、

 

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魚になったりタコになったり貝になったり船に乗ったり

 

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「同じ釜の飯を食」べました

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翌日、複数の保護者さんから声を聞きました。

うちの子帰ってくるなり今日あったことをずっとしゃべり続けてました。よくわからなかったけど。

帰ってからずっと3びきのやぎをそれぞ説明つきで演じてくれました。等々

 

 

 

あらためて思ったのは、演劇する人は、ごっこ遊びの名人だってこと。子どもたちが演ずるのをたのしむのは当然だったのですね。

成りきることが得意なのが子どもたち。大人はどうして、そしていつから、成りきるのが苦手になっていくのだろう。

熟した柿のような充溢した一日を送ったのでありました。

「鳥の劇場」さん、ありがとうございました。

 

 

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